手話指導や通訳養成に携わる人たちのための倫理綱領は、残念ながら国内にはありません。
手話教師センターは、ASLTA(アメリカ手話教師協会)の倫理綱領等を参考にしながら、独自の倫理綱領を作成したいと考えています。
ASLTAの倫理綱領を日本語に翻訳しましたので、それをアップします。
日本語版からさらに日本手話版に翻訳したものがこちらです。
(2018バージョンになります。)
Youtubeでの視聴はこちらから。
アメリカ手話教師協会
American Sign Language Teachers Association (ASLTA)
起草者:ジューン・リーブス(June Reeves)、バーバラ・レイ・ホルコム(Barbara Ray Holcomb)、レズリーC.グリアー(Leslie C. Greer)
ASLおよびろう者学(Deaf Studies)の教師は、生徒、職務、そして雇い主である組織に対する責任を忠実に果たす義務がある。ASLTAは、これら教師の倫理的な行動及び専門家として行う教育に関する原則を以下の通り定めた。これらの原則は教師のあり方に関する一般的なガイドラインであり、教師に対する理想でもあり、また期待することでもある。本倫理綱領の目的は、あらゆる状況に自動的に適用できる規則を示すことではなく、ASL/ろう者学の教師を正しく導く環境を提供することにある。本倫理綱領は、ASLTAのすべての会員及びASLTAの認定資格を持つすべての者に適用される。
原則#1: 指導内容に関する専門的能力
ASL/ろう者学の教師は指導言語/指導内容に関する高いレベルの知識を維持し、最新の情報に基づく、正確な内容が公平に反映される指導を行い、また学習内容が生徒の学習プロブラム全体の中で担当するコースのレベルに適していることを常に確認する。
ガイドライン:
ASL/ろう者学の教師は、個人的に関心のある分野だけでなく、コースの目標あるいは目的に関わるすべての分野について高いレベルの知識を維持する責任を有すると、本原則は述べている。教師はコースのシラバスに記された内容にのっとって授業を行い、生徒のさらに上のコースへの進級を見すえて、十分な学力を備えられるように指導しなければならない。
この原則に反する行為とは、教師が:(1)故意に自分もしくは他人の専門的資格を偽る、(2)不十分な知識しか持っていないコースを教えることに同意したり、雇用を受諾したりする、(3)自分が支持する理論もしくは社会的意見を裏づけるために、研究結果を曲解して指導する、(4)コース内容のうち、個人的に関心がある題材のみを取りあげて教える、(5)さまざまな意見や見方があるのに、これらを十分に反映する指導を怠る、などがあげられる。
原則#2: 教育学/教授法の知識
教育者として優れた教師は、さまざまな教授法や指導内容に関する造詣が深く(個人の経験的研究を含む)、実証や経験に基づき、生徒が最も効果的に学習し、コースの目標を達成できると思われる指導方法を選択する。
ガイドライン:
本原則は、ASL/ろう者学の教師が、指導する分野(すなわちASLおよび/またはろう者学)に関する必要な知識と技術に習熟しているだけではなく、効果的な教授法を選択し、生徒に実技練習の機会とこれに関するコメントやアドバイスを与えるとともに、生徒の多様性にも対応するなど、教育上必要なさまざまな技量を十分に備えていることを求めている。
すなわち本原則は、教師が、大学の通訳コースの学生を教える場合と、ろう生徒の親、もしくは地域の中の関心のある人たちに教える場合との指導方法の違いを認識しなければならないことも示唆している。ASLの入門コースを教える教師は、授業の中で生徒たちが読み取り技術、表現技術を練習し、コメントやアドバイスを受ける機会を十分に提供しなければならない。
教師は生徒の学習を支えるさまざまな教授法について、最新の情報を把握できるよう積極的に努力をする責任がある。そのためには、ASLやろう者学の指導に関する文献を読み、ワークショップや会議に参加し、さまざまな指導方法を試すなどの取り組みが考えられる。
原則#3: 異なる意見に対する態度
さまざまな異なる意見や解釈があるテーマについては、ASL/ろう者学の教師は、ろう者コミュニティの中のいろいろな集団の異なる意見を認め、それぞれを尊重し、釣り合いのとれたものの見方ができるように積極的に努力する。
ガイドライン:
この原則によると、教師はろう者コミュニティにとってデリケートなテーマを扱う際に、さまざまな異なる意見、あるいは教師自身の意見と異なる考え方などに接する機会を生徒から奪ってはならない。ASL/ろう者学の教師は自分個人の意見と、この分野で現在一般的に受け入れられている見方を区別するよう注意しなければならない。テーマについて、教師個人の意見を明確にした上で、それとは異なる見方や解釈と比較することで、生徒は問題の複雑さを知り、ひとつの「公平な」結論、あるいはろう者コミュニティ全体の考えを反映する結論を得ることの難しさを理解するようになる。
教師は、ろう者および彼らのさまざまなアイデンティティ、言語選択、文化などに関する情報を隠しだてすることなく、プロフェショナルな方法で提示する責任がある。ろう者コミュニティの一部の人たちがいかなる言語選択/選好を示そうとも、その人たちについて否定的な意見を述べることは控えるべきである。これと関連して、教師は、特定の状況下における限定的な言語使用があることも理解し、ろう者コミュニティの中の言語使用の多様性を尊重し、慎重に扱うことを自ら実践して生徒に模範を示すべきである。
この原則に反する行為とは、教師が、ろう者コミュニティの一部のメンバーが使うある特定の手話表現の使用や手話の表出方法について異なる意見をもっているために、否定的な意見を述べたり、けなしたり、生徒たちがそのような手話を使う人を軽蔑し、否定的な目で見るように導いたりすることなどをいう。
原則#4: すべての生徒に対する公平性
ASL/ろう者学の教師はすべての生徒に対して公平性を保持しなければならない。
ガイドライン:
教師の最優先責務は生徒のASL使用の技術およびろう文化の知識の向上を促すことであり、いかなる場合も生徒の能力向上の妨げになる行為は避けるべきである。本原則では、教師が生徒の学習を手助けし、他の者に干渉されない自立した思考を促し、すべての生徒に敬意と品格をもって接することが求められている。
ASL/ろう者学の教師は、生徒がろう者コミュニティのすべてのメンバー、グループに対して敬意を表するように促すだけではなく、生徒同士も互いに尊重しあうことを奨励する。教室内での討議の際は、誰もが参加できる話しやすい環境を作る。このために教師は、教室内の対立する意見などを認め、特定の価値観、あるいは意見を生徒に押しつけるととられかねない行為は避け、生徒が自由に対立する意見を述べ合うことを奨励し、生徒に反対意見を述べる場合でも、敬意を表する模範的態度を示す。
原則♯5: 生徒との関係
ASL/ろう者学の教師は、自分と生徒の関わりが職務の範囲を超えた関係に発展し得る行為、態度をとってはならない。
ガイドライン:
教師は、生徒との関係を、ASLやろう者学の能力向上という教育目標達成の範囲に留める責任があることをこの原則は示している。利害の衝突を避けるために、教師は生徒と二重の関係を持つことはしない。教師と生徒という関係以外の二重の関係を持つことは、生徒の学習の向上の妨げとなり、教師がこの生徒を特別扱いする、あるいは特別扱いしているようにみられてしまう場合がある。
教師の客観性を損ない(および/または)生徒の向上の妨げになることが明らかな二重関係の例としては、教師が実際に受け持っている生徒と性的、もしくは個人的に親密な関係を持つことが挙げられる。ASL/ろう者学の教師は、自分と生徒の間の権力格差を認識すべきであり、その力関係を利用するような行為は避けなければならない。
これ以外に大きな問題となり得る二重関係とは、教師が自分の家族もしくは非常に親しい友人などを教える (あるいは採点する)立場に就く、特定の生徒と教室外で頻繁に交際する、あるいは教師が支援している文化的、政治的活動への参加を、生徒がコースを修了する必須条件とすることなどがあげられる。
生徒と良い関係を保ち、教室内外において生徒との関わりをもつことには明らかにプラスの面もあるが、教師という立場を不当に利用してしまう危険性もある。ASL/ろう者学の教師は、このようなリスクを冒して、利害の衝突が実際に生じたり、生じているように他人から見えたりするようなことは避けるべきである。
原則♯6: 守秘義務
生徒の成績、出席簿、本人に関わる私信などはすべて極秘文書であり、生徒本人の同意を得た場合、もしくは指導上正当な理由がある場合以外は開示しない。
ガイドライン:
この原則は、教師が生徒との関係において知り得たことは、弁護士とその依頼人、医師と患者などと同等に厳しく機密保持されるべきであることを示している。生徒の個人記録の守秘義務に関する規則や方針は、学期の初めに生徒に対して全内容を知らせるべきである。
原則#7: 同僚を敬う
ASL/ろう者学の教師はすべての同業者と公正かつ公平な態度で接し、彼らの仕事に敬意を払い、生徒の学習の向上およびASL/ろう者学の教授という職業の発展のためにこれらの同業者と協力する。
ガイドライン:
この原則は、ASL/ろう者学の教師同士が教育及び教育技量に関することでかかわりあう際には、生徒の学習向上を最優先課題とすべきであると説いている。教師は他の教師の仕事の技量や態度について、故意に間違った、もしくは悪意のある発言をしてはならない。特に生徒の前で、他の教師の力量について軽蔑するような意見を言うことは論外である。指導に関する教師間の意見の対立は、他人の目がないところで調整すべきである。もし同僚の教師が指導上力量不足の様子が見受けられたり、倫理的に不適切な行為を行ったりしている場合、このことに気づいた教師は責任を持って十分に調査し、本人あるいは適切な監督的立場の人と内密に相談すべきである。
同僚を敬うという原則に反する行為には、授業中に、他の教師、もしくは複数の教師の指導力について軽蔑的な意見を述べることなどがある。例えば、教室内で教師Aが教師Bについて言及し、教師Bが教えたことは役に立たない、あるいは間違っているなどと言い、教師Aが教えることのほうが正しいなどと言った場合はこの原則の違反となる。もう一つの例として、教師Aが教師Bを嫌っているために、実際には教師Bの授業が役立つことを知りながら、生徒たちに教師Bの授業をとらないように仕向けることなどもあげられる。
原則#8: 生徒の正当な評価
ASL/ろう者学の教師は生徒の試験/評価が正当で、隠しだてなく、公平に、またコースの目的にのっとって行われるよう十分に配慮し、保障するために適切な手段を講じる責任がある。
ガイドライン:
ASL/ろう者学を地域の成人クラスで教える場合も、大学の専門コースの必須科目として教える場合も、教師は担当するコースの目的にもっとも適した、またできる限り確実で正当な評価方法を選択する。生徒への試験方法と採点基準に関する説明はコースの最初に行い、それに従って実施しなければならない。生徒には、コースの期間中、定期的に学習成果について迅速かつ正確なフィードバックを提供し、また彼らの学習成果の評価方法に関する説明も提供すべきである。さらに教師は、成績を向上させるための建設的なアドバイスも生徒に行う。
試験における不適切な行為の例として、コースの目的として最初に説明されていないことや、コース内で十分に練習の機会がなかったことなどについて評価することがあげられる。また、同一コース中に単元によって大幅に違った試験方法や採点基準を採用したために、結果として学業成果はほぼ同じなのに、単元によって大幅に違った最終評価を受けることなどはこの原則に違反している。
原則#9: ASL/ろう者学の教師という職業に対して敬意を払う
ASL/ろう者学の教師は自分たち、生徒たち、そして自分の職業に対して人々から尊敬されるような振る舞いを心がける。また本倫理綱領にのっとって、高い専門的レベルを維持するよう努力する。
ガイドライン:
ASL/ろう者学の教師は自分の職業の適正な報酬について知識を持ち、全国組織が提案する報酬のレート表も把握している。教師は、地域の中などで、無料もしくはわずかな報酬で指導を引き受けることもあり得る。しかし、このような選択は慎重に行い、指導の対価を請求し、生計を立てている他の教師の生活が脅かされることのないようにしなければならない。
原則♯10: 組織に敬意を払う
生徒の学習の成果を上げるためには、教師は教育者として所属する団体、地域組織などの教育目標、方針、基準などを理解し、尊重すべきである。
教師には、雇用されている団体・組織全体のために働き、その教育目標や基準を支持し、その方針や規則に従う、集団的責任があることを、この原則は示唆している。
文献
米国手話教師協会(ASLTA)案内(American Sign Language Teachers Association (ASLTA) informational brochure), Silver Spring, MD.
全米手話通訳者協会、倫理綱領(Code of Ethics, October, 1979. Registry of Interpreters for the Deaf, Inc.)
「大学教育における倫理原則:カナダの大学教諭による教育専門家の責務の解説」1996年、高等教育における指導と学習学会、米国高等教育協会会報に再版1996/97
Ethical Principles for College and University Teaching: Canadian professors define their professional responsibilities as teachers". @ 1996, Society for Teaching and Learning in Higher Education. Reprinted in the American Association for Higher Education Bulletin, December, 1996/97.
アラスカ州教員の倫理綱領
NEA-State of Alaska Code of Ethics of the Education Profession
翻訳 高木真知子